龍明塾コラム

ここはあくまでもコラムです。高い理想を自由に言いたい放題で、実際の指導とは異なることもあるかもしれません。しかし、このコラムの中に龍明塾が始まったきっかけや、進んでいる方向を知れると思います。まだ見ぬ現実をおもいっきり語ります。

文武両道、「文」と「武」の密接な関係

両者は別物ではない
よくスポーツも勉強も両方できる人を文武両道と言われる。あたかも全く別の分野を熟す幅の広い人間と捉えられる。しかし、脳科学の発達によってわかってきたことがある。スポーツも勉強も脳が司っていて、習熟させるのは脳である。勉強がスポーツを助け、スポーツも勉強を助ける。
実際、私が武道を指導してきた経験から、同じ初心者でも大人に教えるのと子供に教えるのでは全く習熟度が違う。大人の方が遥かに上達が早い。

のび太君と出木杉君の違い
ドラえもんに登場する出木杉君のように、勉強、スポーツ、音楽、図工も何でも万能な子はどこにでもいる。逆に全部できないのび太君のような子もどこにでもいる。その反面、勉強はものすごくできるけどスポーツができない、またはその逆のケースは比較的少ないものである。もしかしたら、後者の組み合わせの場合、スポーツができないゆえに勉強を必死に頑張っていたり、スポーツばかりして勉強をしないだけかもしれない。アメリカのカリフォルニア州で調査した結果、やはり勉強できる子はスポーツもできるし、勉強のできない子はスポーツもできないヒストグラムになった。
では、何故子供にこのような差が生じるのだろうか?様々な説があるが、脳の差であることがわかってきている。思考するにも、運動の動作をするにも何事にも順序立った過程があり、その順序を無視して結果を出そうとすると、うまくいかず、それが繰り返されると苛立ったり、結果を出すことをあきらめたりする。正にそれがのび太君じゃないだろうか?

ドラえもんに頼らずに、のび太君は立ち直れるのか?
のび太君と出木杉君の話に戻るが、生活面でもいつも歯車が合わずいつも焦っているのび太君に対し、出木杉君は何事もうまくこなし、いつも余裕があり、人格的でも包容力があるように描かれる。
昼寝が好き、漫画が好き、勉強やスポーツは大嫌いののび太君が立ち直る姿は想像もできない。のび太君はいつも親の願わないことをして怒られている。そして学校に行っても先生から叱られ、ジャイアンからもいじめられる。この繰り返しでどんどん発想もネガティブになっていく。年齢が上になるほど取り戻そうとしても取り返せなくなってくる。
では、最も着目すべき点はどこか?無論、親でもあり、保護者でもあり、教育者でもあるお父さんやお母さんである。そして昼間いつも家にいるのはお母さん。では、お母さんはのび太君とどのような母親であるのか?のび太君と楽しくコミュニケーションをしたり、遊んでいる光景はほとんどなく、決まり文句はいつも「宿題やりなさい」「勉強しなさい」である。そしてさらにお母さんは言うだけ言って、何も教えようとしない。勉強というものは親が積極的に子供に教え、勉強が楽しくなるところから一人で独学しようとする自立心が芽生えるものである。だからのび太君は一生自立心が芽生えることなく、どんなことにも苦労することは避け、楽な方を選んでしまう。よって結論から言うとのび太君はのび太君自身で立ち直ることは不可能である。

絆さえあれば簡単に立ち直る
ただし、不可能と結論付けたのはのび太君一人だけで立ち直る場合であって、完全に不可能というわけではない。何故ならのび太はまだ小学生、完全に自立しているわけではない。確かに生きる力は自発的には生まれない。人間関係があるから人は生きられるし、生かされている。
立ち直りのポイントは、のび太君が一番誰に繋がっているかである。やはりお父さんやお母さんである。ダメにしたのも二人であるが、立ち直すのも二人である。お母さんは専業主婦だからいくらでものび太君に勉強を教える時間がある。積極的に教えれば、そのうちのび太君も自立して自ら勉強するようになり、わからないところがあればお母さんに頼るだろう。
これが勉強だけではなく、この絆がのび太君が「生きる力」そのものになって、いろんなものを克服するだろう。
では、一人で勉強するのと、お母さんと一緒にするのではどう違うのか?勉強であろうとスポーツであろうと、意志、過去の記憶、観念、概念など脳にある多くの要素が相互作用する結果である。まだ小学生では習得する対象によっては欠けるものがあり、独学は難しい。その部分を親や指導者が補うことをしなければ習得することは簡単ではない。学校は40人の生徒に対し一人の先生が教えているが、家庭ではマンツーマンでやれる。小学校低学年までの、そんな時間がいかに貴重であるか計り知れない。まあ、親にとってもいかに怒らずに根気よく教えるか、親にとっての成長のチャンスである。繰り返すが、ここから独学の自立心が芽生えてくるのである。
人間と植物や動物との一番大きな違いは、栄養素だけ摂取すれば自然に育つわけではないこと。教育次第でどうにでもなること。教育がなければ言葉を習得できないし、心も育たない。だから遺伝で全てが決まってしまうなんて思ってはいけない。そう、「軌道」にのせれば子供には無限の可能性が秘めている。のび太君のお母さんは戻らないこんな貴重な時間をもう少しのび太君と一緒に過ごしてほしいものである。